最高裁判所第二小法廷 昭和23年(れ)134号 判決 1948年5月22日
主文
本件上告を棄却する。
理由
辯護人定塚道雄の上告趣意書は「原判決は原判示の傷害致死事実を六個の證據を綜合して認定した。すなわち、一、被告人の控訴審法廷における供述、二、第一審公判調書中の被告人の供述記載、三、證人川村規矩藏に對する豫審第一、二回訊問調書を通じたる記載、四、證人小町乙藏に對する豫審訊問調書中の供述記載、五、鑑定人清水亮作成鑑定書中の記載、六、押收出刄庖丁の存在の六つである。ところが、右の三と四は證據能力がない。蓋し、刑事被告人はすべての證人に對して審問する機會を充分に與へられ、又公費で自己のために強制手續により證人を求める權利を有するので、もはや證據書類の記載内容を直ちに罪證に供することは許されなくなったのである。刑訴應急措置法十二條はその供述者又は作成者を公判期日において訊問する機會を被告人に與へさへすれば證據とすることができると解釋すべきではない。前記三、四の豫審訊問調書を罪證に供した違法がある。それが右の證據書類に該ることは疑ないが、公判廷における直接證據でないためこれが證據能力のないことの明かな以上、この二證據を除いて原判示事実が認められるかどうかを檢討せねばならぬこととなる。ところが、一及二は共に自分には傷害の意思と傷害の行爲とがないという内容で、その趣旨は、「持っていた出刄が自然に上の方に向いていたので相手が倒れたときその大腿部に突刺さった」ため傷を負うたのだというにある。五はこうした自然現象で出來た負傷の部位程度、死因を説明するのみ、六はこうして被告人の意思と行爲に關聯なくして傷を作った出刄庖丁が存在しているということにすぎない。從って、右の一、二、五、六を綜合しても原判示事実は認定できない。すなわち、原判決は事実理由に合致しない證據説明を敢てしたことになるので、刑訴四百十條十九號の判決理由に齟齬あるときに該る。」と言うにある。
しかし證人の豫審訊問調書は被告人の請求があるときはその供述者を公判期日に訊問する機會を被告人に與えなければこれを證據とすることができないのであるからその訊問の機會を被告人に與えさへすれば現にこれを公判廷で訊問しなくともその調書を證據とすることができると解すべきである。そして所論證人川村規矩藏に對する豫審第一、二回訊問調書及び證人小町乙藏に對する豫審訊問調書については原審公判廷においてその供述者を訊問する機會を與えられたに拘わらず被告人においてこれが訊問を請求しなかったことは原審公判調書の記載によって明かであるから原判決が右の調書を罪證に供したのは正當であって原判決には所論の如き違法があると云うことはできない。論旨は理由がない。
よって刑事訴訟法第四百四十六條により主文の如く判決する。
この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。
(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 藤田八郎)